「熱電対電磁石で人間を吊上げる話」

東京工業大学名誉教授
ロボコン創始者
森  政 弘

(1)はじめに
昔、と言っても戦前に、大石二郎先生という教授が、東京工業大学におられました。この先生は、実験物理の担当でしたが、非常にユニークというか、学生に対しては親切な教え方をされたそうで、その話は今日まで伝えられています。

(2)例えば、パスカルの法則の教え方
  パスカルの法則を教える時、黒板か白板に、図1.のようにフラスコの絵を描いて、その中心にPと書き、ガラス面にはどこも垂直な矢印を幾つか書き込み、上の口からは1本だけ矢印をフラスコの中へ向って押し込むように示して、図と言葉で説明するのが普通ですが、大石先生は全く違っていました。
戦前のことですから、学校教練という軍事教練が、中学校以上には最重要科目として課せられていましたので、学校には銃器庫があり、そこに三八式歩兵銃という小銃が沢山ありました。そして、軍事教練の指導と監督に、現役の将校(中尉~大佐)が配属されていて、配属将校と呼んでいたのです。
大石先生は、その配属将校の許可を得て、広い校庭に金魚鉢を2個置き、その1方には水を張り、もう1つの金魚鉢は空のままにして、先ず空の方へ実弾を1発打ち込まれました。その結果は誰でも予想出来るように、穴がポンポンと2個開くだけです。
次いで水を張った方へ打ち込むと、見事に金魚鉢は木っ端微塵に壊れ、それを見ていた学生達からは、「うわー!!」っと歓声が上がったと言うのです。
これで、学生達は感動を与えられ、それから教室へ入って、「今のはな、パスカルの法則と言っ・・・」と、講義を聞いたのだそうです。これで学生達は引き込まれて講義を聴き、先生はやりがいもあり、面白くもあって、教育の実が上がったと伝えられています。

(3)熱電対の教え方
熱起電力や熱電対についても同じでした。
熱電対で起きる起電力は、ご承知のように小さなもので、mV(ミリボルト)で表す程度です。そして熱電対と言えば、「細い2種類の線をつなぎ合わせた、か細いもの」と思うのが普通ですが、これについても、大石先生は違っていたと聞いています。
私も大石二郎先生の上記の実験をして見ようと思いましたが、銃は今は持っているだけでも許可が要りますから、パスカルの方は止めて、せめて熱電対については、時間がある時にはやってみようと思っていました。それが幸いにも、ある高等専門学校の先生が、内地留学で私の研究室へ入られたのです。熱電対の実験はその先生に打って付けの勉強テーマで、その先生は非常に興味を持って、大石二郎先生がされたような実験装置を作られました。
それは、熱電現象(ゼーベック効果)で働く電磁石で、人間を吊上げると言うものでした。
その熱電対の材質は、細い線の熱電対と同じ、銅-コンスタンタンですが、細い線ではなく、超太い、4mm角の銅の棒を加熱して曲げて作った、巻き数3回のコイルと、その両端に直径4mmのコンスタンタンの丸棒から切り出した小片を2個溶接したものでした。(図2.)
その熱電対の両端は長く延ばされていて、図2.のように、一方の端は氷水が入ったバケツに入れて、0°Cに冷し、もう一方の端はバーナーで、400°Cに加熱すると言うものでし
た。
 これを図3.のような外径15cm程の軟鉄の丸棒に掘っ た溝の中へ入れ、それに図4.のような、鉄片と言うべきか蓋とでも言うべきものを用意して、それを熱電対の温度差が大きくなった時、吸い付ける様に出来上ったのです。
実はこの話は、私が東京工業大学で現役の時の話ですから、今から38年以上も昔のことで、この電磁石やコイルは何処かへ行ってしまっていたのですが、最近になって、「株式会社、光と風の研究所」と言う所へ差し上げていたことに気付き、その研究所から、この文章に使った写真を、送って頂いたのです。
さて、電磁石は出来たのですが、それで人間1人を吊上げるには、色々な方法が考えられます。その先生は図5.の様な構造にされました。
すなわち、ブランコに似た支柱を2個設け、そこの間に棒を通し、その棒に滑車を2個取付け、そこへワイヤーを通し、その一方の先には図4.の電磁石の蓋を取付け、もう一方の先には人間が腰掛けられるようにして、その電磁石から出ているコイルの一方の端は氷水を入れたバケツに入れ、もう一方の端をバーナーで加熱すると言うものです。
これで、実際にやってみた結果、見事に人間が吊あがり、バーナーの火を消すと、人間は数cm落ちました。

(4)おわりに
教育には、「叙事文」「命令文」「感嘆文」の3つが必要なのですが、教育改革が叫ばれている今日でも、学園には「感嘆文」がありません。上記の拙文は、その「感嘆文」を取り戻すのにご参考になるかと思って、したためたものです。どうか諸先生、何とかして「感嘆文」を学生・生徒諸君に与えて下さいませ。
もちろん、ロボコンもそのための一つです。

以上


森 政弘先生の投稿紹介
全国のロボコンに取り組む中学生の皆さんへ,ロボコン創始者 森先生からのメッセージ
ロボット考学と人間-未来のためのロボット工学-
わが掘っ立て小屋 -ロボコンの根源が培われた、戦前から戦後まで10年間の物語-
教育界へ言い残しておきたいこと―ロボコンの教育的本質を明かす―」


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