おもしろ分解博物館

自動車(SUBARU BC5<LEGACY RS−R>

フロント・ドライブシャフト・アッセンブリ
(front drive−shaft ASSY)

ダブルオフセット・ジョイント(DOJ)
バーフィールド型ジョイント
ドライブシャフト

 世界で初めて「ダブルオフセット・ジョイント(DOJ)」を採用した「スバル1000(富士重工)」の技術思想と伝統を受け継いだ「スバル レガシィRS(type R)」の「ダブルオフセット・ジョイント(DOJ)」です。
 スバル(富士重工)は「四輪駆動」と「水平対向エンジン」に独自の技術を持っていますが、その先進的な設計思想は、スバル1000に採用された「ダブルオフセット・ジョイント(DOJ)」に見ることができます。しかし、このことは意外に知られておらず残念に思います。
 ユニバーサル・ジョイントである「フック型ジョイント」や等速ジョイントである「バーフィールド型ジョイント」の限界を克服した「ダブルオフセット・ジョイント(DOJ)」を生みだした技術的風土は、単なる「ものまね」でないオリジナル以上のモノを生みだし実用化させてしまうとういう日本の製造業の特徴と実力を垣間見せてくれます。

 自動車の駆動系は「エンジン」→「トランスミッション」→「プロペラ・シャフト」→「デファレンシャル・ギア」→「ドライブ・シャフト等速ジョイント→「タイヤ」というような力の伝達(後輪駆動車の場合)が行われます。

 「ドライブ・シャフト」は常に「ねじりモーメント(twisting moment)」が作用する部品です。過酷な使用条件であるために、ねじり剛性を高めるため「鍛造」や「熱処理〜浸炭焼入」によってつくられます。また、軽量化のために最新型のドライブシャフトは中空構造になっているものも登場してきました。
 この「ドライブシャフト」の両端に位置するジョイント部分に使われているのが「等速ジョイント」です。

 ドライブシャフト・アッセンブリには、「等速ジョイント」「ベアリング」「スプリング・ピン」「アクスル・ナット」「CVブーツ」「グリース」など機械要素、機構、材料(素材)、加工などの面で興味深い部品から構成されています。
 上の写真はドライブシャフトを中心としたアッセンブリ部品(1本(セット)55700円!上の写真は2本分)です。

 SUBARU BC5(スバル レガシィRS(type R))は四輪駆動であるため、後輪の駆動系は初めに示したように「エンジン」→「トランスミッション」→「プロペラ・シャフト」→「デファレンシャル・ギア」→「ドライブ・シャフト(等速ジョイント)→「タイヤ」ですが、前輪の駆動系は「エンジン」→「トランスミッション」→「デファレンシャル・ギア」→「ドライブ・シャフト(等速ジョイント)→「タイヤ」となります。このドライブシャフトの両端にある「等速ジョイント」の型式がクルマにとっては非常に重要な要素になります。
 等速ジョイントの位置をもう少し詳しく示すと、「デファレンシャル・ギア」→「等速ジョイント」→「ドライブシャフト」→「等速ジョイント」→「ホイール(タイヤ)」となります。「デファレンシャル・ギア」「ドライブシャフト」「ホイール(タイヤ)」の位置関係は、路面の凹凸、コーナリングによって上下左右に変化します。また操舵輪と駆動輪が同じ場合には、操舵による位置変化もあります。これらの位置変化を吸収しながら自在に折れ曲がり、力を伝えるために考案されたのが、いわゆる「自在継ぎ手(ユニバーサル・ジョイント:universal coupling)」です。しかし、この自在継ぎ手をそのまま使った「フック型ジョイント」では連結される2軸の傾角の角度が7度以上になると振動が発生してしまいます。また、車輪をスムーズに回転させるためには入力側(デファレンシャル・ギア側)と出力側(ホイール(タイヤ)側)の速度を等しくする必要があります。この等しい速度にするために考案されたジョイントが「等速ジョイント」です。
 自動車に不可欠な耐久性と耐振動に優れた「等速ジョイント」である「バーフィールド型等速ジョイント」を世界で初めて採用したのは、アレック・イシゴニスが設計したイギリス・ローバー社(1994年ドイツ・BMW社に買収)のミニでした。このミニにはデファレンシャル・ギア側に「フック型ジョイント」、ホイール(タイヤ)側に「バーフィールド型等速ジョイント」が採用されました。「バーフィールド型等速ジョイント」はイギリスの「ハーディスパイサー社(親会社:バーフィールド社」が開発したジョイントです。
 ミニに使われているこの2つのジョイントは、次の制約を見事に解決した結果によるものです。すなわち、室内空間をできるだけ広くするために前輪駆動方式にして、そのために犠牲になったエンジンルームの限られた空間を有効に活用するため、エンジンの下にトランスミッション・ギアボックスを配置したことが、結果としてホイールの上下動にともなうドライブシャフトの有効長の変化をできるだけ少なくすることにうまく結びついたわけです。
 しかし、この方式ではサスペンションのホイールストロークが小さくなり、路面の凹凸による振動を吸収できず、乗り心地が悪くなったり、最低地上高が低くならざるを得ないという欠点があります。
 1964年に開発が始まった富士重工「スバル1000(開発コードネーム63・A)」の最大の課題は、前輪デファレンシャル・ギア側のジョイントをどうしたらよいかということでした。すなわちタイヤの上下動にともなうドライブシャフトの有効長の変化を吸収できる等速ジョイントの開発ということです。
 こうした要求に合致するような等速ジョイントを求めて、スバル1000の開発にかかわっていた「富士重工群馬製作所技術部長・百瀬晋六」氏と「同設計課長・小口芳門」氏は国内のベアリングメーカー各社に問い合わせをしましたが難色を示され、4社目となった「東洋ベアリング(現在のNTN)」とようやく交渉がまとまります。東洋ベアリングと技術提携のあるイギリスのバーフィールド社でエンジニアをしていた「ウイリアム・J・カール」氏が「バーフィールド型等速ジョイント」を発展させたものとして考案した「ダブルオフセット・ジョイント(DOJ)」を富士重工と東洋ベアリング(現在のNTN)のエンジニアたちが実用化することに成功し製品とすることができました。富士重工のスバル1000は、ホイール(タイヤ)側に「バーフィールド型等速ジョイント」、デファレンシャル・ギア側に「ダブルオフセット・ジョイント(DOJ)」を採用するという先進的なメカニズムを搭載し、1966年に発売されました。
 「ダブルオフセット・ジョイント(DOJ)は、タイヤの上下動にともなうドライブシャフトの有効長の変化を、ジョイント内のボールベアリングが伸縮方向にスライド(約15mm)して吸収してしまうという画期的なものです。のちに東洋ベアリングは「ダブルオフセット・ジョイント(DOJ)」の国内生産に成功し、富士重工以外のメーカーにも納入を始めます。そしてNTN(東洋ベアリング)は等速ジョイントを1964年12月に生産開始して以来、1997年6月には国内生産累計2億本を達成し、現在では欧米でも生産をするほどになっています。

 このようなおもしろい技術史的な背景をもつ部品で構成されているフロント・ドライブシャフト・アッセンブリを分解してみます!(^^)

トランスミッション側のジョイント部分の分解です。こちらは「ダブルオフセット・ジョイント(DOJ)」になります。はじめに「ブーツバンド」を外します。 ブーツ内にはグリースが充填されています。二硫化モリブデンが配合されているのかな?
「サークリップ」を外します。 ジョイント部分が引き出せました。グリースを拭き取ります。タイヤの上下動にともなうドライブシャフトの有効長の変化を、ジョイント内のボールベアリングが伸縮方向にスライドして吸収できるように、ベアリングのボールが移動するための溝があることがよくわかります。これが「ダブルオフセット・ジョイント(DOJ)!!
ダブルオフセット・ジョイント(DOJ)」部分の構造や部品配置がよくわかります。 スナップリングを「スナップリングプライヤー」で外します。
曲線が美しい!まさに機能美ですね(^^) これだけの部品で構成されています。 こちらはホイール(車輪)側の「バーフィールド型等速ジョイント」部分です。
こちら側のブーツには、ゴムリングがブーツの外側の凹部分2箇所にはめられています。ブーツの破損防止のためなのでしょうか?
 
フロント・ドライブシャフト・アッセンブリはこれだけの部品でできていました。  タイヤを取り付けるためのハブやブレーキ・ディスク・ローターを取り付けると、このようになります。

「NTN(旧 東洋ベアリング)」の刻印がありました!

ブーツについてちょっと一言
 ブーツが破損すると内部のグリースが飛散し潤滑ができなくなってしまいます。交換にもたいへん手間がかかるため、ブーツには強靱性・耐熱性・対油性・スプリング特性軽量長寿命であることがが要求されます。材質もゴムとエンジニアリング・プラスチックの長所を兼ね備えた熱可塑性プラスチック(ポリエステル系)を射出成形など(そのほかブロー成形、射出ブロー成形、ブレスブロー成形)で作られています。

 こうしてひとつひとつの部品を見ていくと、部品のひとつひとつに美しさを感じます(^^)機能美ですね!ふだんは目にすることのない部分に、これらを開発することに苦心した人たちの歴史や、こんなにすごい部品が隠れていることに、改めて驚きを感じました!
 中学校・技術科での材料と加工の学習や機械の学習で、生徒たちに、こうした部品を見せたり触らせていかせたいと考えています。ふだんも技術室に展示しておきます!もちろん「ご自由にお触り下さい!」と表示してです(^^)


戻ります。