産業技術遺産探訪 2003.12.28.

牛伏川階段工
 (牛伏川フランス式階段工)  

1898(明治31)年起工、1918(大正7)年竣工

国登録有形文化財
2002(平成14)年8月21日

管理者:長野県土木部・松本建設事務所

長野県松本市

登録有形文化財
第20−0105号
この建造物は貴重な国民的財産です。
文化庁

 「牛伏川(うしぶせがわ)」は、犀川水系奈良井川支流田川の支渓で、標高1670mの鉢伏山横峰の西面を水源とする延長約9kmの一級河川(松本市街で田川と合流し、信濃川を経て日本海にそそぐ)です。流路流域面積は5.6km2(砂防施設のある山間部は2.6km2)あり、田川に流れ込むまでに半径約3kmの扇状地を造っています。
 現在この地域はニセアカシアを中心とする森林でおおわれていますが、明治時代までは裸地であり、山腹は「大欠け」と呼ばれる大崩壊地から、多量の土砂を生産流出しており、沢筋は荒廃していました。この崩壊の始まりは、1829(文政12)年の文書に100年も前の元禄の山崩を指摘していることから、相当古くから存在しており、1868(慶応4)年にも下流の水田180haが壊滅するなど、流域の村々に水害をもたらしていました。
 また、江戸時代より、新潟県下の信濃川でも多くの災害が相次ぎ、明治時代には信濃川改修が重要な問題となりました。そして、この問題の中心的な要因となる土砂の供給源が長野県の水源地帯、中でも牛伏川にあるとされました。

 こうした水害に対処するため、1885(明治18)年、内務省土木局の直轄工事により、牛伏川砂防工事が進められ、「石堰堤工」、「木工沈床」、「護岸石積工(流水の浸食による山腹の崩壊を防止する)」、「柵止工」、「種苗工」の各工事が5年間にわたって施工されました。内務省土木局による工事は、現在知られているもので第1号から第5号までの合計5基の堰堤がつくられています。これらは、「空石積」という技法を用いた石積堰堤で、現在でも十分にその役割を果たしています。水源にはいくつかの沢があり、砂防工事の跡が見られ、特に日影沢、地獄谷、中の沢、泥沢に砂防施設が集中しています。

 その後、1898(明治31)年には長野県が事業を受け継ぎ、横断堰堤工事、河床及河岸安定工事、山地崩壊防止工事として、「石堰堤工」、「水路張石工(流水の浸食による河床の低下を抑制する)」、「土堰堤工」、「谷止工(積苗工を行うための地面を安定させる)」、「水通工」、「積苗工(山の斜面を階段状にして苗木を植える)」、「苗木植付工(苗木を植え付ける)」など17種にも及ぶ工種で施工されました。
 1916(大正5)年には、フランスのデュランス川サニエル渓谷にある階段工の図面を参考にして設計した、いわゆる「フランス式階段工」と呼ばれる施工が行われ、1918(大正7)年に完成しました。階段工の設計は、1911(明治44)年にヨーロッパへ派遣された内務省技師の池田圓男(いけだのぶお)が持ち帰ったオーストリアの砂防に関する文献を参考にしたものです。
 この「牛伏川フランス式階段工」は、現在でも原形を保ちながら、その機能を失うことなく、周囲の景観になじみ、その芸術的とも思える構造と、流れる水の美しさを見せています。


フランス式階段工
1916(大正5)年起工
1918(大正7)年竣工

長野県施工

 延長約141m(落差約23m)の間に19段の階段状の「空石三面張水路」があります。
この「フランス式階段工」によって、勾配は26/100から6/100程度に緩和されました。
これによって流水による土砂の浸食が抑制されています。


第一号石堰堤
1886(明治19)年
内務省土木局施工


ねどめいしづみせきてい
根止石積堰堤
1885(明治18)年〜1889(明治22)年
内務省土木局施工


第二号石堰堤

根止石積堰堤(ねどめいしづみせきてい)
 「第一号石堰堤」より上流には、1885(明治18)年から1889(明治22)年にかけて、当時の内務省土木局による直轄砂防工事として行われた「根止石積堰堤(ねどめいしづみせきてい)」があります。その規模は、幅約8m、高さ約7mであり、コンクリートを使わない「空石積(からいしづみ)」で石の大きさ、形がふぞろいであることが特徴です。さらに上流の日影沢、地獄谷、中の沢、泥沢に、このような堰堤があります。


 1986(昭和61)年からは、国の砂防環境整備事業で、流路工の整備とともに、砂防環境整備事業の「砂防学習ゾーン」モデル事業の指定を受けて、明治時代以降のすぐれた砂防技術と、その歴史を見学・学習しながら、牛伏川の美しい水と緑を親しむゾーンとして整備が進められています。

 また、現在は、防災の管理と生態系の保全を図るために、上流域約32haを1996(平成8)年から「林相転換事業」として整備しています。これは、これまで植林されてきたニセアカシアが倒れやすいということから、在来種のナラやクリに植え替えるものです。


※長野県内の土木遺産(土木構造物)では、国登録有形文化財として「釜ヶ淵堰堤」(南安曇郡安曇村・梓川)があります。


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