技術のわくわく探検記 2000.4.12.

発明開発物語1
スバル インプレッサWRC 開発物語〜群馬から世界一を目指して
 
STIスバルテクニカインターナショナル車体技術部長 菅谷重雄さん
  ※WRC世界ラリー選手権で活躍しているラリー車両の開発物語・・・

「発明の日フェア2003」(群馬県生涯学習センター)

(講演の要約) 

 世界ラリー選手権(WRC:World Rally Championship)で使われている競技用のラリー車がどのようにしてつくられているかを、スバル・ワールド・ラリー・チーム(SWRT)のインプレッサWRC2003(The Subaru Impreza World Rally Car 2003)を例に解説します。

 WRC(世界ラリー選手権)について・・・モータースポーツの最高峰には、F1とWRCがあります。それぞれの特徴を簡単に述べると、F1はフォーミュラーカー(定められた規則に従ってレース専用に開発され製作されたレーシングカー)を使ってサーキットを走行するもので、企業イメージを訴求する目的で行われています。一方、WRCは市販されている一般車両をベースにしたラリー車を使って一般公道を走行するもので、車の基本性能の向上を目的に行われています。
 WRCにはグループA、グループN、ワールド・ラリー・カーという3つのカテゴリー(グループは2つ)があります。いずれもベースとなる自動車は、自動車メーカーによって市販されている自動車を使用し、グループAグループNでは、連続した12ヶ月間に同じモデルで2500台以上生産されていること、またワールド・ラリー・カー(グループAの派生車)では連続した12ヶ月間に同じシリーズ(ファミリーと呼ばれています)で2万5000台以上生産されていることと、ワールドラリーカーそのものを20台以上製作しなければ参加することができません。また室内の広さもベース車両の段階で4席分のスペースがある自動車でなければなりません。

 ※グループA・・・市販車を定められた規則によって改造したラリー車で、ベースとなる市販車は連続した12ヶ月間に2500台以上の同じモデルが生産されている必要があります。ラリー車として必要な4WD(4輪駆動方式)やターボチャージャーは追加装備することが許可されないため、ベースとなる市販車の段階で、これらの装備がされている必要があります。
  グループN・・・市販車を定められた規則によって改造したラリー車で、ベースとなる市販車は連続した12ヶ月間に2500台以上の同じモデルが生産されている必要があります。ただし改造の範囲が大幅に制限されており、基本的にはロールバーやシートベルトなどの安全装備とサスペンションなどの足回りの改造が許されている、ほぼ市販車に近いカテゴリーです。(2001年からはトランスミッションのギア比やフロントドライブシャフトの変更とLSD(リミッテッド・スリップ・デファレンシャル)の装着が事前にFIAの公認取得(ホモロゲーション)で許可されるようになりました。)
  ワールド・ラリー・カー(WRカー)・・・1997年から導入されたカテゴリーで、基本的にはグループAに含まれます。しかし、エンジンを載せ変えたり、ターボチャージャーの追加装備、4WD(4輪駆動方式)化への改造が認められるなど大幅な改造が可能なカテゴリーとなっています。これはラリー車のベース車両として市販されている車に4WDやターボ車をもたないヨーロッパの自動車メーカにもWRC参戦を可能としたものです。ただし、連続した12ヶ月間に同じシリーズ(ファミリーと呼ばれています)で2万5000台以上生産されていることと、ワールドラリーカーそのものを20台以上製作しなければ参加することができません。

 競技区間について・・・SS(スペシャル・ステージ)と走行方法について、また競技日数(現在は3日間)

 サービス・エリアについて・・・ラリー車両の整備は20分ですべて行われます。たとえばフロントガラスの交換も10分あれば大丈夫です。

 WRC(世界ラリー選手権)は現在、世界中の14ヶ所(14戦)で開催されています。日本でもあと2年後に北海道で開催できるように話が進められています。

 WRCの観戦について・・・現在、サービスエリアでの見学が快適にできるように計画が進められています。

 ラリー車は市販車がベース車両となっています。そのため市販車の基本性能がラリー車の開発に大きく影響されてきます。スバルで生産されているレガシィ、インプレッサなどは水平対向エンジンによる低重心、4輪駆動方式、高剛性ボディーという特長を持っています。エンジン、トランスミッション、プロペラシャフトなどを中心軸として車の基本プラットフォームが対称的な配置(シンメトリー・レイアウト)になっていて、この対称的で低重心レイアウトは競技用車両としての高い潜在能力を持っていることになります。スバル車は、こうした特長を持っているために、ラリーだけでなくサーキットを走行するGTレースや耐久レース、そして国内外のラリーに参加するプライベーターのためのラリー車として使われています。

 市販車(量産車)とラリー車の比較・・・たとえばインプレッサでは量産車は車幅が1740mmですが、ラリー車(ワールド・ラリー・カー)の車幅は1770mmあります。これは車の運動性能やさまざまなタイヤの装着を可能にするために改造が行われているわけです。コックピット室内では走行に必要のない装飾品はすべて外され、たとえば運転操作がしやすいようにハンドブレーキレバーが長く大きくなっていたり、ステアリングホイールも量産車とは異なっています。また、ブレーキ、トランスミッション、デファレンシャルギアなどのはたらきを走行状況によってドライバーが運転中に調整できるようにするなどスイッチ類がたくさん装備されています。エンジンルームを見るとインタークーラーの取付位置などさまざまな部分で量産車とは配置などが変更されています。またエンジンの冷却のために、エンジンルーム内の空気の流れを配慮した設計変更が行われています。しかし、量産車の部品もかなり使われていることも事実です。そのために市販車の基本性能が重要になってくるわけです。

 エンジン開発について・・・WRCに使われるラリー車両のエンジンは、東京都三鷹市にある富士重工・三鷹製作所と三鷹製作所内にあるSTI(スバル・テクニカ・インターナショナル)が共同で開発しています。エンジンは量産車両のFIAに申請してある公認エンジンをベースにして開発していきます。排気量2000cc、ターボチャージャー付、Φ34(直径34mm)リストリクター装着(WRCを統括するFIAのルールによって、エンジンへの空気取り入れ口の大きさを直径34mmに絞ってエンジン出力の向上を技術的に難しくさせています。)、出力300PS(馬力)/5000rpm、トルク500Nm/4000rpm、電動スロットル付などという仕様になっています。エンジンはシャーシダイナモというエンジン単体で各種の測定ができる装置によってテストしながら開発していきます。こうして日本で開発したエンジンをイギリスのプロドライブ社へ運び込み、さらにラリーにあわせたチューニングを施し、車載して性能を確認するというように連携して開発を進めています。
 トランスミッション(変速機)は、直歯ギア、6速、ドグミッション方式、8インチ2枚カーボンクラッチ、3系統のアクティブデファレンシャル、電気油圧式、ギア駆動ポンプなど非常に高性能なものになっています。


車体の強度解析についてコンピュータ・シミュレーション

 ラリー車に使われる車体は、生産車体(市販車の車体)をWRCの規則に沿って改良していきます。群馬県太田市にある富士重工業の工場で作られた車体は、イギリスにあるプロドライブ社に運び込まれたのち、いったんバラバラにされてふたたび組み上げられていきます。そのときに車体の剛性と耐久性をコンピュータ・シミュレーションによって解析しておき、車体の接合部分を入念に溶接したり、ロールゲージを設置したりしながら車体の剛性と耐久性を著しく向上させるようにしていきます。これらの作業はすべて手作業で丁寧に行われ、たいへん時間がかかります。


ロアアームのTCA強度解析とTCA損傷解析について解説

 部品の応力集中を解析して、材質や形状の変更を行っていきます。こうした開発検査はすべての部品に対して行われています。

 ラリー車にとってブレーキも重要な要素です。ブレーキは前輪6ポットキャリパー、後輪4ポットキャリパーでブレーキ・キャリパー内に冷却水を循環させる水冷式になっています。ブレーキディスクは大径ベンチレーティッドディスクブレーキで、砂利または雪道では330mm×28mm、舗装路では366mm×32mmを使っています。ブレーキディスクはブレーキングによる加熱でディスクが真っ赤になるような走行でも十分な性能が発揮できるようになっています。

 タイヤは舗装路用(ターマック)、未舗装路および砂利道用(グラベル)、舗装路が氷結しているときに使われるもの(アイス)、氷雪路用(スノー)などがあって使い分けていきます。ラリーで走行しなければならない道路の路面状況は非常にたくさんあって複雑です。そのため、タイヤの損傷だけでなく、ホイールが割れたり、サスペンションストラットが折れたりすることが頻繁に発生します。そしてそのために耐久性の向上をはかった部品が開発されていきます。

 ラリー車は時速200km以上で走ることがあります。そのためには空気抵抗を抑えたり、車の走行安定性の向上、エンジンやブレーキなどの冷却のために車体の周囲を流れる空気を上手に使っていくことが必要になります。こうした空力開発は、リヤスポイラー、ラジエター冷却口、ブレーキ、エンジンルームへの空気導入口、ドアミラーなどの形状が風洞実験やコンピュータ・シミュレーションによって決められていきます。

 


過酷な条件の中を高速で走行するラリー車

 こうしてさまざまな要素について開発が進められる一方で、実際にラリー車を走らせて総合的な評価を行っていきます。スラローム試験はもちろん、スタート、ブレーキング、サーキット試験など、ラリーで遭遇するさまざまな条件を設定し、そこでのテストをもとにしてラリー車の完成度を評価していくわけです。こうした長い時間をかけてラリー車は開発されていくわけです。

 現在、WRC(世界ラリー選手権)には、プジョー、シトロエン、フォード、スコダ、ヒュンダイ、そして日本からは三菱(2004年に向けて現在は開発中のため休止しています)、スバルなどが参加しています。(かつてはトヨタ、日産、マツダなども参加していました) スバルは1995、1996、1997年と3年連続でマニュファクチャラーズ・チャンピオン(メーカーに対して与えられるもので、モータースポーツのワールドチャンピオンとしてはWRCが唯一です)を獲得しており、1995、2001年にはドライバーズ・チャンピオンも獲得しています。WRCでは通算34勝しています。

 私たちスバルは非常に小さなメーカーです。しかし世界の檜舞台で、スバル車の特長を生かし、これからもチャレンジを続けていきたいと考えています。どうぞ私たちのチャレンジにご声援下さい。

(注)講演会の内容の要約はWebページ作成者の責任で、理解しやすさなどを配慮しながら加筆修正してあります。


The Subaru Impreza World Rally Car 2000

講演会当日にラリー車の解説用に展示されたスバル・インプレッサWRC2000
※WRC世界ラリー選手権・第12戦ラリー・オブ・グレート・ブリテン(Rally of Great Britain (GB))2000/11/23-26
優勝 リチャード・バーンズ(Richard Burns)

・・・ワールド・ラリー・カー(グループAの派生車)の外見は市販車と良く似ていますが、実は全く別物です!


ラリー車の解説をしていたSTI(スバルテクニカインターナショナル)の方といろいろ話をしているうちに、
「富士重工Robinエンジンは、中学校の技術科の実習用エンジン(2サイクル)でも使っていますよ」(^^)
と話がはずみました・・・新車は約1億5000万円、リビルドされたものでも約8000万円!だそうです。
(プロドライブ社からプライベーター用として実際に販売されています)
「競技用車両に1台どうですか?」「えっ・・・・」(^^;)


開発エンジニア(菅谷重雄)が語るスバル インプレッサWRC2003


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