技術のわくわく探検記 2002.8.8.

辻谷工業

埼玉県富士見市

陸上競技「砲丸投げ」用砲丸づくり世界ナンバーワン!


辻谷さん

シドニーオリンピック(2000年)で公式採用された砲丸です。
アトランタ大会では世界5カ国でつくられた砲丸が公式採用されました。
決勝に進出した12人の選手がすべて辻谷さんが作った砲丸を使いました!
辻谷工業の砲丸は、ソウルオリンピックから公式採用されています。
アトランタ大会、シドニー大会とオリンピック2大会連続で金・銀・銅を独占しています。

「ならい旋盤」になっていました。
刃物台の下に取り付けられたアームがベッドに渡され固定された円板をたどります。

砲丸の表面に刻み込まれた「手紋」(1cmあたり8〜12本)と、旋削加工だけで砲丸の中心にきちんと重心があることが特長です。
競技選手にとって砲丸の手触りと重心の位置は非常に重要なことで、
オリンピック選手の場合では、砲丸の選択によって1〜2mも飛距離が違ってくると言われています。

 素材は「FC200」、この銑鉄(鋳鉄)には重量比で10〜20%の一般鋼材が混入させてあり、カーボン(炭素)やシリコンなど数種類の物質も含まれています。すぐれた品質の鋳物をつくるために、これらの比率は各鋳造所のノウハウとなっています。

 鋳造工場でつくられた鋳物は、重力のために鋳込み工程で鋳型の下になっている方が密度が大きくなります。この砲丸のもとになる鋳物は、旋盤のチャックでくわえるボス部分が上下になるように鋳込まれるため、そのまま旋削すると重心が密度の大きい方へ偏ってしまうわけです。したがって密度の大きい方をたくさん削って砲丸をつくるようにしなければなりません。鋳造工場では高さ約10m、直径約2m(内径約1m)のキューポラへ1時間当たり1.5トンの原材料(このうちスクラップが30〜40%)を溶かしていきます。一般的には原材料200kgに対してコークス14〜16%を順次溶かしていくことになりますが、最初の30個分の鋳込みが終わった頃から、キューポラの下部にたまった比較的重い素材が出てくることになります。こうして、鋳物そのものの密度が次々と異なったものが出来てきてしまうことになります。1つあたり100g以上異なった鋳物ができてしまうそうです。そのため、切削する時にこのバラツキを考えて加工していく必要が出てくるわけです。
 密度の違いは、旋削する際の硬さと切削した表面の色のちがいで判断するそうです。硬い部分は高い音が発生し光っていますが、軟らかいときには低い音と鈍い色になります。このほかにも季節による気温で鋳物の冷却速度が異なったり、湿度や熱膨張率も変化して影響してくるため、どの程度切削して重量とバランスを許容範囲におさめるかという非常に難しい加工となるわけです。通常は5/100mm単位で切削しながら調整していきますが、季節によって切削量が0.8〜1mmも違ってくるそうです。
 他社の砲丸の加工は、旋削の終わったものに2次加工で穴をあけて鉛を詰めたりえぐったりして重量やバランスを調整しています。切削加工のみで砲丸を仕上げられるのは世界中でこの辻谷さんだけです。

 下仕上げは、息子さんの友孝さんが担当し、仕上げを辻谷さんが行います。全工程(14工程)を1週間かけて行います。


砲丸の両端のチャックでくわえる部分は専用の突切りバイトで切り離します。
片側を突切りバイトで切り離した後に、砲丸の球面をチャックでくわえなおし、もう片方を切削によって切り離します。
砲丸の赤道部分?(^^)にチャックでくわえた跡があります。

専用の突切りバイト・・・球面にあわせたカーブがあります。

 かつて砲丸を製造していた業者は十数社あったのですが、今から15〜16年前に陸上競技の国際規格が日本でも採用され、砲丸に関する指定重量が+5〜25gとなり、これだけの精度で加工しなければならないために、精度がとれないことや採算面で多くの業者が撤退しました。現在国内では辻谷工業の他には1社しか砲丸を製造していません。このため当初は年間100個くらいの生産量であったものが、現在では2000〜3000個(砲丸の種類は12種類)になっています。
 シドニーオリンピック(男子用)の砲丸は、指定重量7.26〜7.285kg、直径125.0〜125.8mmという規格になっています。
 砲丸(男子用)1つ15000円ですが、辻谷工業からは約半分の価格で出荷されます。鋳造工場から鋳物としてやってくる原材料の価格は、辻谷工業からの出荷時の価格の約半分を占めているということです。

旋盤は京葉精機KF−850(昭和57年製造)

切削工具、治具が並んだ棚です。


工場で使われているその他の旋盤やフライス盤


辻谷さんに材料へのこだわりと優れた加工技術についてお話を伺いました。
今回の見学は「技術教育研究会・第35回全国大会」の「地域の技術見学会」によるものです。


辻谷さん自身が陸上競技に参加しています。
かつては短距離の選手でした。
競技者の立場に立った「ものづくり」に、情熱を感じました。


埼玉県志木市役所と道路をはさんでその西側にある富士見市の商店街の中に「辻谷工業」はあります。
陸上競技に用いられるスターティングブロックやハードル、そしてトライアスロン競技用具も製造しています。
世界一の砲丸は、ここから世界へ向けてつくりだされています!

※辻谷工業で製造されている競技用砲丸は、陸上競技用品の製造販売を行っている会社との共同開発によって製品となっています。


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