技術のわくわく探検記 2000.5.13./2000.7. 2.

旧・官営富岡製糸場
(片倉工業株式会社富岡工場)

竣工 1872(明治5)年
設計 ブリューナーおよびバスチャンほか
木骨煉瓦造ほか

群馬県富岡市富岡1番地

 1859(安政6)年に神奈川・長崎・函館の3港を開港することによって開始された貿易では、生糸輸出がたいへん盛んに行われました。当時、欧米では蚕の病気が蔓延し、生糸が不足していたためです。一方で国内の生糸生産は品質もまちまちであり、粗製濫造状態になっていました。こうした生糸が次々に各国へ輸出されるに伴い、品質の悪さが指摘されるようになりました。政府は「生糸の輸出振興」で貿易による外貨獲得を目指しました。そのためには、欧米の生糸の品質に劣らない製品を生産する必要があります。そこで、優れた品質の生糸を生産するための模範製糸場設立が計画されることになりました。この模範製糸場で、外国人技術者による洋式製糸の指導と伝習工女の募集や、洋式機械製糸の導入による近代生産方式の確立をはかろうとしました。
 政府は官営模範製糸場の創立責任者を尾高惇忠、首長にフランス人のポール・ブリューナを招き、建設候補地の視察を開始します。ポール・ブリューナーらは、秩父(埼玉)、富岡・下仁田・松井田(群馬)、追分・御代田・佐久・小諸(長野)方面を踏査し、富岡を最適地とし1870(明治3)年10月に建設が始まりました。

 富岡が最適地として選ばれた理由は、
   ・生糸生産のための原料となる良質の繭が周辺の養蚕地域から得られる。
   ・製糸に必要な良質の水が、付近を流れる鏑川から得られる。
   ・蒸気機関を動かすための燃料となる石炭が得られる。
    (亜炭が現在の高崎市寺尾町にあった金井炭坑から採掘された。)
   ・広大な敷地が確保でき、地域住民も製糸場建設に同意できた。

 製糸場の設計は、フランスから横須賀製鉄所の建設のために招かれていたバスチャンか担当して短期間に完成させました。これは、建物の基本的な構造を横須賀製鉄所のものと類似させたためと考えられます。この設計をもとにブリューナーはフランスへいったん帰国し、技術者、製糸機械、医師らを雇い入れ再来日します。

 建設資材の調達は、
   ・煉瓦および瓦は、ブリューナーの指導で現在の甘楽町笹森に窯をつくり焼成した。
   ・木材は近くの妙義山や中之条の奥地にある吾妻・沢渡付近の官林から河川を利用したり、
   ころを用いて人力で運搬した。(柱として長さ15m以上のものを大量に必要とした。)
   ・礎石(台石)は、現在の甘楽町小幡にある連石山から採掘した。
   ・煉瓦積みの目地(漆灰)には、現在の下仁田町青倉から産出した石灰を用いた。
   ・窓用のガラス板はフランスから輸入した。

 こうして1872(明治5)年7月に製糸場のおもな施設が完成し、同年10月4日に操業が開始されました。
 官営ではじまった富岡製糸場は、1893(明治26)年に民間の「三井」に払い下げられ、その後は「原合名会社」を経て1938(昭和13)年7月からは「片倉工業株式会社・富岡工場」として操業を行っていました。1987(昭和62)年に操業を停止し、現在は同社の所有・管理となっています。製糸場内の現存する建物は、官営富岡製糸場当時のものが多く残っており、貴重な近代化遺産となっています。


東繭倉庫(置繭所)

東繭倉庫
長さ:104.4m  幅:12.0m  高さ:14.0m
柱は33cm角で、すべて通柱を使用している。
木骨煉瓦造・・・礎石の上に立てられた
木製の柱と、それを挟み込むようにして
梁がわたされ、柱の間に煉瓦を積み壁
がつくられている。
中門の石額に「明治五年」
外側の開き窓は鉄製で、、内側はガラス窓の二重構造となっている。模範工場として、温度、湿度、耐火性を考慮した繭の保管倉庫となっている。
柱と梁の組み方が特徴 礎石の上に立つ柱 軒桁まで1本の通し柱がのびる。
柱は33cm角で14m以上ある。
建物の中央の柱は棟とつながる。
中門の内側にある扉
ベランダのような通路が中庭側に取り付けられている。

旧三号官舎(3号館〜事務所・休憩室)

 木骨煉瓦造ベランダ付・住宅風建築。1階は竣工以来、事務所として使われている。2階には貴賓室があり、大理石造のマントルピースは当時のもので、ソファーも当時のものとされている。2号館との連絡部分は、のちに付設されたもの。

旧二号官舎(2号館)

 回廊様式ベランダ付住宅。フランス人技術者が居住していたもの。
 ブラインドやベランダの天井(斜めに板が並べられている)に特徴がある。

旧・首長館(ブリューナー館)

旧・首長館(ブリューナー館)
 首長ポール・ブリューナーとその家族が1875(明治8)年まで居住していた。回廊風ベランダで高床になっている。
 内部は片倉富岡高等学園の校舎として使われていたため、大幅に改造されていて当時のつくりとは異なる。
 床下に煉瓦造地下室が3つある。(現在の講堂の床下で、食料品貯蔵庫と考えられる。)

繰糸工場

繰糸工場
長さ:141.8m  幅:12.6m  高さ:11.8m
柱は33cm角で、すべて通柱を使用している。
 西欧式の三角形小屋組で、明かり採りのためにガラス窓が建物を取り囲んでいる。
 ガラス窓のガラスはフランス製で、当時のものが現存している。今日のガラス板にくらべると歪みが目立ち、当時のガラス板製造の様子がわかる。
 ここで、蒸気機関を原動機とする繰糸機が稼動していた。現在は片倉工業で使われていたものが内部に設置されている。
 蒸気機関のボイラでつくられた蒸気は、蛹の蚕を殺したり、蒸気管に通して水を加熱するのに使われ、このお湯で繭を煮た。
 当時の繰糸機は、長野県岡谷市にある「蚕糸博物館」にあり、蒸気機関は愛知県犬山市の「博物館・明治村」に保管されている。

西繭倉庫(置繭所)

西繭倉庫
長さ:104.4m  幅:12.0m  高さ:14.0m
柱は33cm角で、すべて通柱を使用している。東繭倉庫と基本的な構造は同じ。

診療所

 近代的な製糸技術だけでなく、工女たちの就労条件や福利厚生まで、近代的な工場の一連のシステムが模範となった。

診療所

旧・鉄水溜(鉄製水槽)

 蒸気機関や、繭を煮るために用いる水を蓄えておいた鉄製の水槽は、横須賀製鉄所でつくられたのちに設置された。


片倉工業(株)富岡工場 「特別外観しおり」

旧・官営富岡製糸場・外観解説事業
期間: 2000(平成12)年7月1日〜8月31日
     ただし、月曜日と8月12〜16日は休み
時間: 10:00〜 11:00〜 13:00〜 14:00〜 15:00〜
     退職校長会甘楽富岡支部による外観の解説が行われます。


※この事業は1996年夏から始まっています。昨年は約3800人が訪れました。


問い合わせ
   群馬県富岡市商業観光課
   電話:0274−62−1511(内線272)


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