産業技術遺産探訪 2012.8.20.
大分県宇佐市院内町
院内の石橋群
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(案内解説表示板より)
院内町は日本一を誇る石橋の町です。その数75基。なぜ、これだけの石橋が院内町に残っているのでしょうか?そしてどんな人達が架けたのでしょうか?
町内に石造アーチ橋が多いのは、深い谷に集落が点在する上に、川が急流で木橋では流されてしまうので丈夫な石橋が求められたためです。細く高い橋脚が院内町の石橋の特徴です。
また、院内では谷あいの棚田の石垣や水路をつくるため、石を加工したり、積み上げる技術に熟練した人がたくさん存在しました。名棟梁と呼ばれた松田新之助(まつだ しんのすけ)に代表される院内で育まれた匠のわざが「日本一の石橋のまち」をつくった大きな力となっています。
道の駅「いんない(院内)」
院内の石橋群に関する展示
大分県宇佐市院内町副
一の橋 1
いちの はし
宇佐市指定有形文化財
所在地:宇佐市院内町北山(北山川)
架設年:明治26年(1893)
石工:加来由蔵 小野萬吉
橋長:13.25m
橋幅:2.3m
橋高:3.25m
連数:1
山神社への参道に架かった規模は小さいながらも均整のとれた美しい石橋。
アーチ部分の拱環石以外は自然石を使用しており、緑豊かな山里の風景に見事に溶け込んだ素朴なめがね橋である。
界(堺)橋 2
鳥居橋 5
とりい ばし
大分県指定有形文化財
所在地:宇佐市院内町香下(恵良川)
大分県宇佐市院内町香下〜院内町新洞
架設年:大正5年(1916)
石工:松田新之助
橋長:55.15m
橋幅:4.35m
橋高:14.05m
連数:5
天に伸びる細く長い橋脚から「石橋の貴婦人」と称され、リズミカルな5連アーチの美しさを見せる宇佐市院内町を代表する石橋。名前はこの築の小字名である鳥居原から採られている。
昭和26年10月、町内242戸もの家屋を全壊流失させたルース台風をはじめ、幾度にわたる洪水にも耐え抜いてきた石橋で、地盤と水流に応じた設計の確かさと石造アーチ橋の強度を改めて感じさせられる。
櫛野橋 10
架設:大正12年
橋長:38.0m
橋幅:5.00m
径間:24.1m
打上橋 12
うちあがり ばし
宇佐市指定有形文化財
所在地:宇佐市院内町高並(高並川)
架設年:文久3年(1863)
石工:山村藤四郎
橋長:17.8m
橋幅:3.0m
橋高:15.3m
連数:1
江戸末期に架設された宇佐市院内に現存するものでは最古の石橋。
かつては人々は橋にも霊魂が宿ると信じ、永久に破損せず安全であることを祈った石橋供養塔も残っている。
この橋の下には昭和初期架設の打上水路橋が架かっており、川に降りて仰ぎ見た上下2つのアーチが美しい。
うちあがりばし
打上橋
水路橋の役割
打上橋に平行して打上水路橋が架かります。院内町だけでなく、大分県では水路橋に石造アーチ橋が多用されており、全国一の67基(× 75基)が残っています。
山地の多い地形の土地では、下流の田畑に水を引くためには、川の上流の水源より水路を引く必要があります。山の中のトンネルを掘り、谷川を渡るために水専用の橋を架けるなど農業用の水を確保するために、大変な労力がかけられました。
院内町に残る水路橋は、耐久性に優れた石造のものが多く、現在も10基の水路橋が町内に架かっています。
また、大きな水路橋は(大分)県内では竹田地方に多く、なかでも竹田市の明正井路第一拱石橋(めいせい いろ だいいち こう せっきょう)や若宮井路笹無田水路橋(わかみや いろ ささむた すいろきょう)は県外からもよく知られています。
水路橋
北山(きたやま)水路橋
毒水谷(どくみずだに)水路橋
橋詰(はしづめ)水路橋
大副(おおそい)水路橋
原口(はるぐち)水路橋
山の迫(やまのさこ)水路橋
打上(うちあがり)水路橋
水路兼用
宮の瀬(みやのせ)橋
トイノモト橋
樋本(ひもと)橋
谷橋 14
宮の上橋 15
神通橋 16
御仮屋橋 17
おかりやはし
小稲橋 19
橋詰水路橋 20
御沓橋 24
みくつ ばし
大分県指定有形文化財
宇佐市指定有形文化財
所在地:宇佐市院内町御沓(恵良川)
架設年:大正14年(1925)
石工:松田新之助
橋長:59.0m
橋幅:4.55m
橋高:14.7m
連数:3
橋長は院内地域最長を誇り、川面に映る姿は優美で大正ロマンのモダンなセンスが活かされている。
また、工事費が当時2万円という多額な建設費用のほとんどを村と住民の寄付金によって賄われていることから、いかにこの石橋の架設が住民にとって重要で熱望されていたかを感じさせられる。
福厳寺羅漢橋 25
荒瀬橋 28
あらせ ばし
宇佐市指定有形文化財
所在地:宇佐市院内町副(恵良川)
架設年:大正2年(1913)
石工:松田新之助
橋長:47.4m
橋幅:5.95m
橋高:18.3m
連数:2
長い橋脚と美しい2連のアーチを描くこの橋は、橋高が院内地域最高の高さを誇る。
この石橋は、石工 松田新之助 が(大分)県の工事として請け負ったが負債が大きかったため、完成後しばらくの間、有料とされていた。これは(大分)県下の有料橋としては第一号である。
現在の橋は昭和14年に大修理が行われ、径間が若干長くなっているが、当時の面影は色濃く残っている。
水雲橋 29(国登録有形文化財)
富士見橋 38
ふじみばし
宇佐市指定有形文化財
所在地:宇佐市院内町斉藤(恵良川)
架設年:大正14年(1925)
石工:松田新之助 吉村万太郎
橋長:48.1m
橋幅:4.5m
橋高:14.0m
連数:3
細く長い橋脚を持つ鳥居橋や荒瀬橋とは異なり、その太い橋脚から重厚感を醸し出す石橋で、橋上より由布岳(豊後富士)を眺望できることから富士見橋という名がついた。
大正13年、工事半ばにして大音響とともに崩落をしたが、翌年、石工 松田新之助が名工としての意地と信念で私財を売り払ってこの橋を完成させている。
鷹岩橋 39 1928(S3) 国登録有形文化財(院内町で最長径間27m)
たかいわばし
所在地:宇佐市院内町斉藤(恵良川) えらかわ
架設年:昭和3年(1928)
石工:佐藤半次郎
橋長:40.50m
橋幅:4.70m
橋高:16.30m
連数:1
旧県道に架かる、院内町で最も長い27mの径間を持つ石橋。
架設以来、日出生台演習場に続く道として活躍しました。
40mの道を1連のアーチで支えるこの優雅な橋は、演習場へ向かう多くの軍馬車輌を運んだ力強い橋でもあります。
石工顕彰碑
石橋にロマンを架けた男たち
アーチ型石橋の築造技術は江戸初期にヨーロッパから長崎に伝わり、九州に広がったとされる。
院内町は深い渓谷の地形上、田畑の石垣や水路橋が必要で、古くから石積みの技術を必要としていた。これらの技術を生かして江戸時代末から昭和の中ごろまでにわたって架けられた石橋は75基が現存し、日本一の数を誇っている。ここに、石橋にロマンを架けた石工たちの業績をたたえその名を永く後世に顕彰する。
平成17年3月
院内町
院内町の石橋を架けた石工たち
松田新之助
日野宝作
御幡億二郎
吉村万太郎
中門岩男
赤松次郎
大石又二郎
門脇政之
山村藤四郎
川野新太郎
川野熊蔵
井上滝蔵
佐藤半次郎
下村源八
吉村栄
後藤セキ三郎
御幡徳三郎
加来由蔵
小野萬吉
高名繁喜
岩淵万吉
渡辺徳丸
佐藤勇
迫野盛一
支保工大工
大畑福市
大畑達之
順不同
中島橋 40
宮の瀬橋 41
大畑橋 54
飯塚橋 56
いいづかばし 余川(あまりがわ)
両合川橋61 落合橋62 両合棚田(大分県宇佐市院内町)
資料
・「うさめぐり〜宇佐をダウンロードしよう」宇佐市観光協会
・石橋と鏝絵めぐり http://www.usa-kanko.jp/documents/ishibashi-kotee.pdf
・院内石橋マップ http://www.usa-kanko.jp/documents/ishibashi-map.pdf
・いんない石橋めぐり http://www.usa-kanko.jp/documents/innai-ishibashimeguri.pdf