アラン・ケイ ほか(浜野保樹 訳) 「マルチメディア〜21世紀のテクノロジー
      岩波書店 1993(平成5)年 B6・378p 2600円(本体2524円)
      ISBN4−00−002144−3

 本書は、Martin Greenberger,ed.,Technologies for the 21st Century on Multimedia:On Multimedia.Santa Monica,CA:The Voyager Company,1990の全訳で、1990年3月にカリフォルニア大学ロサンゼルス校で開催された「第1回 21世紀のためのテクノロジー会議」(テーマは、「マルチメディアに関する円卓会議」)の議事録です。
 おもな参加者は、ロバート・エイブル(「ゲルニカ」「ユリシーズ」で知られる)、ブランド(「メディアラボ」の著者)、ジョン・スカリー(アップル・コンピュータ社CEO)、ジョナサン・シーボールド(マルチメディアの市場調査会社社長)、ロバート・スタイン(ボイジャー社創設者)、マックス・ホイットビー(BBCマルチメディア・コーポレーション)、ノーラン・ブッシュネル(アタリ社創設者)、ニコラス・ネグロポンテ(MITメディアラボ)、アラン・ケイ(アップル・コンピューター名誉研究員)などです。
 この会議は啓蒙的なシンポジウムやセミナーとは異なり、議論を深めるための専門家会議であるため、マルチメディアの定義やコンピュータの役割などといったことは飛ばして、設定された議論に一気に入っています。
 訳者の浜野氏が指摘しているように、マルチメディアに関する書籍は、会議の議事録をおこしているものが多いわけですが、これは第一線で活躍している人々が多忙で文章など書いている暇がないということと、優れた研究者・開発者が、必ずしも良き書き手ではないからです。

 この本の第3章は「教育」に関する議論となっています。アラン・ケイ、リチャード・ランハム、バーナード・ラスキン、ジェームズ・キャテラル、チン・チー・チェン(司会)によって、マルチメディア・テクノロジーの教育的可能性について議論されています。主な内容は、
○教育の未来を構築する必要に迫られているが、ほとんどの教育者はその準備ができていないばかりか、新しいテクノロジーについての知識も持ち合わせていないのが現状である。
○教科書をもとにした情報と受け身的な教育から、メディアによる情報と個別化されたインタラクティヴな学習へと本質的な変化が必要である。
○マルチメディア・テクノロジーの一番大きな教育的可能性は、学習し理解するその仕方を大きく変えようとしている点である。
○マルチメディア・テクノロジーは、複雑かつ多様な、互いに関連性のあるさまざまな知識を組み立てる道具である。
○教育は、学習者抜きでは考えられない。空っぽの容器に知識の塊をただ詰め込むわけにはいかない。知識を与える唯一の方法は、「学びたくなるようなきっかけを与えることだ。」マクドナルドは、「ビックマックを食べればあなたはすてきになる」と決して宣伝しない。
○学生に講義室の席を貸し与え、教義を書きとらせるという形は変わっておらず、まるで中世にいるようである。
○みんなが喜んで使えるようなソフトウェアを備え、安価で簡単で、スピードが速く、めんどうな保守管理のいらないような機器が開発されない限り、消費者や教育市場でのインタラクティヴ・テクノロジーは、このまま心許ない歩みを続けざるをえないだろう。
○学校が変革に対して示す無関心さは伝統的である。
○事実の丸暗記をテストすることをやめ、子どもたちの実技や問題解決能力を評価するように変わった。

 この会議は今から約10年前の1990年に行われたものであるため、発言者の所属や会社名が変わっており、この世界の流動性の速さを良く示しています。また、発言内容の検証もでき、こうした意味では非常に興味深い内容と言えます。


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