第36回技術教育研究会 八戸大会
ロボットコンテスト−私の演出法
広島県呉市立天応中学校
鈴木 泰博
はじめに
私は技術科の授業でロボット・コンテストを始めて10年目を迎える。
最初は私が運営したが、回を重ねる内に、生徒に運営してもらった方が私も助かるし、生徒の活躍の場が設けられるのでよいと考えるようになった。
私は生徒会担当者として,長年クラスマッチや文化祭で生徒主体の企画をしてきた。その経験を生かして,生徒に自主性を発揮する場面を与えるために,ロボコン始めて3回目の大会から生徒に大会の運営と進行を任せている。運営委員を募り、その他にも秀でた能力を持つ生徒に加わってもらい,運営委員会を組織してきた。現勤務校は小規模校なので、生徒会執行部を中心に運営してもらっている。
1 運営法の変遷
広中央中学校ロボコンで
第1回(1994)
金工室で授業時間に行った。男子2クラスの合併授業で、競技場は3×6
の合板1枚の大きさで、金工室の中央にそれを設置した。トーナメントは黒板に書き、競技時間は体育科から借りたストップウォッチで計時した。
進行は私が行った。競技開始の笛を吹き、同時にストップウォッチを押した。時間が来たら、競技終了の笛を吹いた。しかし、計時しながら、競技を見ることは難しいことに気づき、途中から計時は生徒に任せることにした。また、
アイテムのピンポン球は競技終了後散らばっている。これを次の試合前にセットしなければならない。これも、途中から生徒に頼んだ。
ロボコンは非常に楽しく盛り上がった。不安の中で行ったが、生徒の感想文に「来年も続けて、伝統にしてほしい」とあり、私は自信を持った。
第2回(1995)
NHKテレビに取材を打診すると、取材に行くという。そこで、会場はきれいな製図室で行うことにした。アイテムはピンポン球で、競技場も1回目と同じ合板であったが、テレビが来るので白色と緑色で塗装をした。広島大学の院生も見学に来た。転勤してきた新校長も観戦し、感心していた。
ロボコンは第1回と同様、クラスごとに授業中に行った。
進行は私が行い、黒板に「第2回アイデアロボットコンテスト」と書き、
トーナメントも書いた。計時は体育科からデジタル・タイマーを借りて、
その場でそれを担当する係り生徒を決めた。競技のスタートと終了合図はタイマーのブザーを使用した。ビデオカメラによる撮影は空き時間の教師に頼み、私も時々交代で撮影した。多教科の教師は技術的観点で撮影できないからである。
この回の最後に、それぞれのロボットの特徴と頑張った点を講評した。
生徒に書かせた感想文がすばらしかったので、パソコンでワープロ化させ、
文集を作った。この文集をロボット博士の森政弘先生にお送りした。すると、森先生から手紙が届いた。これは予想していなかった。その中で、八戸の下山先生の実践を紹介された。
第3回(1996)
新年度が始まって、第2回ロボコンを見た校長が、「クラスごとにしないで、3年生全クラスを一度に体育館でやったらどうか。観客がいた方が盛り上がるから、女子に見てもらおう」と提案してきた。
体育館で行うとなると、競技場は大きくしなければならず、アイテムも大きなものにしなくては見栄えがしない。体育館で行うのはいいアイデアだが、
そういう悩みが生じた。どんな競技にしようか悩み、なかなか決まらなかった。
4月に下山先生に私のロボコンのビデオテープと感想文集を送った。それから彼との交流が始まった。6月末に東京工業大学のロボコンを一緒に観戦に行こうという誘いがあり、行った。その競技は「SELFISH GREEN KEEPER」といい、木の丸棒を草に見立てて、自陣の「草」を相手の陣地に多く入れた方が勝ちというものであった。私は、これなら中学生にもできると思い、この競技をすることにした。競技場の大きさは3畳であった。競技場は若草色に塗装し、その周囲は高さ70mmの塩ビ板で囲み、アイテムがどこからでも見えるようにした。
また、ステージの上の空間には、「第3回広中央中アイデアロボット・コンテスト」という横型の看板を作り、吊した。
会場の生徒の配置は競技場を囲むロの字形にした。私は長年生徒会を担当して、対面形式の入学式を行った経験があり、その明るい雰囲気を知っていたからである。
進行は生徒に頼んだ。この回、思いつきで進行の生徒に実況もしてもらった。実況のおもしろさからも盛り上がった。
トーナメントはワープロでつくり、TPフィルムにコピーした。観戦者に見えるようにステージ中央に設置したスクリーンにOHPで投影した。トーナメントに赤のTPペンで勝者の線を書く係りも生徒に頼んだ。BGMがあれば盛り上がると思い、ポップスをカセットテープで流した。
何とこの回に、八戸から下山先生が観戦に来られたので、講評してもらった。また、来賓として、広島県教育委員会指導主事竹野先生を招き、講評してもらった。このように来賓を招待し、評価してもらうことは、生徒にとって励みになる。
その年度の2月、返礼として、私は下山先生の八戸第三中学校ロボコンの
観戦に行った。
第4回(1997)
森政弘先生が観戦に来られることになった。競技は瀬戸内の特色を出した
「みかん狩り」で、みかんに見立てた発泡スチロール球を木から取り、自陣のゴールに多く入れた方が勝ちというもの。隣の横路中学校から1チーム参加した。この回は、NTTに頼み、テレビ会議システムを使い、八戸第三中学校に実況中継することにした。テレビ局が4局、NTTのスタッフも来て、会場はこれまでにない熱気に包まれた。かつて経験したことが無い熱気だった。
この回はロボコン運営スタッフが本格的に必要になった。そこで、女子生徒から募集した。重要な進行は、慣れている生徒会執行部と放送部に。その他、次のようなスタッフを募集した。シナリオも必要になった。
@運営委員(女子生徒)
司会・進行係……開閉会式の進行、競技の進行、得点と勝敗のアナウンス
来賓へのインタビュー
得点係……………得点を集計して進行に得点表を回し、トーナメント係り
に勝者を伝える
アイテム係………得点集計終了後、アイテムをセットする
トーナメント係…OHP投影のトーナメントに赤線を描く
計時係……………デジタルタイマーの操作(試合開始と終了の合図)
来賓案内係………校長室で待機している来賓に入場を案内に行く
ポスター係………各チームのポスターを掲示する係り
シナリオ係………シナリオを作成し、ワープロ化する
会場係……………観客の生徒をリードする
A会場の準備
横断幕制作,パソコンのタイマープログラミング
B放送(放送部)
放送機器の準備,BGM
C実行委員(各チームから一人 主として、前日、技術室から体育館に
機材を運ぶ。また、ロボコン終了直後、技術室に運ぶことが任務)
競技場の製作と設置、前日の準備(機材・工具類の運搬と設営)
運営スタッフは前日、流れをつかむためにリハーサルを行った。
また、大きな大会になったので、教師にも応援を頼んだ。選手を整列させる係り、観客の生徒を席に誘導する係り、次に出場するチームを「NEXT
BOX」に
待機させる係り、ビデオ撮影係り、放送指導係り、来賓接待係りなど。当日は、保護者、青森からの下山先生をはじめ、福岡・静岡・熊本・技術科の教師、呉市教育委員会から教育長を始めとした方々、また教材メーカーからも来られ、体育大会以上の大イベントになった。
競技場は6畳の大きさ。会場は競技場をフロアの中心に置き、ステージに来賓、ステージ前に本部席、両サイドに生徒と保護者席、後部を選手席とした。
第5回(1998)
競技は童話の「ブレーメンの音楽隊」をモチーフとした。競技場は8畳とした。これまでで、最大の競技場である。NHKの高専ロボコン県大会を見学に行き、使用されている音楽やスタッフの役割、ディレクターの存在、プロのシナリオを譲ってもらい、シナリオ作成のヒントにした。また、プロの音楽プロデューサーは音楽をMDに編集していることを知った。そこで、学校備品としてMDCDデッキを購入してもらい、音楽はMDに録音して流した。
運営スタッフなどは第4回と同じであった。
第6回(1999)二河中学校に転勤
ロボコンの競技場などは、すべて転勤した学校に運んだ。
競技は「CAPTURE THE FLAGS!」と名付けた。運動会の定番の棒状旗奪いをモチーフにした。
この学校の体育館は、築後2年であり、バレーコートは2面とれ、広い。
しかも生徒数は230名位なので、全校生徒で観戦し、教師も全員観戦するという全校あげての大会としてもらえた。
運営スタッフは家庭科の生徒から12名募集した。ロボットの製作をしている技術科の3年生は、大会の運営をすることができないからである。大会の一週間前から放課後に各係と本格的な打ち合せと準備をした。
前日は運営のリハーサルを行い、競技開始のアナウンスとタイマーのON、並びにブザーのON、競技、競技終了のアナウンス、得点の計算と報告、アイテムのセットなどの一連のスタッフの動きを練習した。
@ 進行(2人) A 実況(1人)
B 計時(1人) C 得点(2人)
D インタビュー(1人) E 音楽(1人)
F アイテム(2人) G トーナメント(1人)
H ポスター掲示(1人)
この学校では選手の入場方法を変えた。選手はチームごとにステージの横からステージに登場して中央で礼をさせ、フロアの最前に整列させた。この学校は体育館が広いのでこのような入場が可能であるし、選手中心の会場構成にしたかったからである。
選手がステージから登場してスポットライトを浴びるので、失敗が無いように前日の放課後、入場のリハーサルを行った。選手には練習試合させ、その時に運営のリハーサルも行った。
障害児学級の担任が非常に協力的で、飾り付けをたくさん作ってもらったので、華やかになった。音楽は私が編集したものを使った。前年の夏からCDレンタルショップに行き、音楽を探しておいた。音楽探しもなかなか大変である。
東工大の清水先生においでいただき、青森・熊本・長野・岡山・山口から技術科の先生方が観戦に見えた。
第7回(2000) 二河中第2回
運営スタッフの進行係りの女子がチーム紹介の時、「エントリーナンバー○○、チーム○○です」と紹介したいと言ったので、その意見を採用した。また、入場音楽は生徒が持参したCDを採用した。「アラシ」の音楽で、明るく軽快であった。運営方法はほぼ完成の域に達した。
第8回(2001) 二河中第3回
前回と同じ。
第9回(2002) 天応中学校に転勤
天応中は小規模校で生徒数が125名である。
3年生全員が選手となったので、運営スタッフを誰にすればよいか生徒会担当教師に相談した。彼は「2年生の新執行部に担当させ、初仕事にしよう」と言った。
入場音楽はサッカーWORLD CUPの「ANTHEM」にした。
また、イベント好きな教師が4人の教師と打ち合わせ、私が開会宣言をした直後に4個のクラッカーを鳴らして盛り上げてくれた。
終わりに
昨年度から授業時数が削減され、ロボコンを行うことが非常に難しくなっている。ロボコンをやるには教師の情熱が必要である。無から物を生み出していく辛さがあるし,すべての準備を一人で執り仕切らなければならないからである。しかし,その辛さ以上に達成感と喜びがある。生徒と共に大イベントを準備し,実行できることだ。生徒は活躍の場があれば、教師の予想をはるかに超えた活躍をするものである。県内外からのお客さまや全員の生徒・保護者の前でいいかげんなことはできないし、やりがいもある。また、平素の授業では見ることのできない、その生徒の別の能力を発見することができる。
体育大会では保健体育科が脚光を浴び,文化祭では音楽科や美術科が脚光 を浴びる。同様に,ロボコンで技術科が脚光を浴びることができる。
技術科でロボコンに取り組み,マスコミやPTAを活用して技術科を地域・社会に訴えたいものである。